お知らせ

湯宿の朝、新しいい草の香りと、混ざり合う心地よさ。

湯宿蒸気家さんの「畳の模様替え」をお手伝いして。

小浜温泉の細い路地を歩くと、どこからともなく立ちのぼる白い湯気。 その一角に佇む「湯宿蒸気屋」さんは、訪れる人々が自然と肩の力を抜き、語り合いたくなるような不思議な温かさを持った場所です。

今回、その大切な飲食スペースの畳を新しくするお手伝いをさせていただきました。


「境界線」を、そっと取り払う。

オーナーの山下様が大切にされていたのは、ここで生まれる「交流」でした。 「宿に泊まる人も、食事に来る人も、テーブルの垣根を越えてふっと心が近くなるような。そんな場所にしたいんです」

これまでの畳には、一枚一枚を区切る「ヘリ」がありました。 それはそれで美しい伝統の姿ですが、今回はあえてその境界線を取り払い、部屋全体がひとつの大きな「広場」のように感じられる「ヘリなし畳」をご提案しました。


熊本の風を運ぶ、中山さんの畳表。

選んだのは、熊本でい草を育てるナカヤマノウジョウ・中山様の畳表です。 中山様が丹精込めて織り上げた引目の畳表は、麻糸がしっかりと通った、驚くほど丈夫で厚みのあるもの。

通常のヘリなし畳には使われないほど贅沢で力強い素材ですが、この宿の持つ力強さと優しさに、これ以上ふさわしいものはないと感じました。


職人の手仕事は、静かに、ゆっくりと。

けれど、この「丈夫さ」が職人にとっては腕の見せどころでした。 厚みのあるい草は、急いで曲げようとすれば折れてしまいます。専用の水分をじっくりと、2時間。い草が「準備ができたよ」と教えてくれるのを待ってから、ようやく一針一針、心を込めて形にしていきます。

特に柱の周りは、1ミリの妥協も許されない場所。 4代目と5代目の親子で、何度も何度も寸法を確かめ、まるで柱にそっと寄り添うような、そんな仕上がりを目指しました。

1日に仕上げられるのは、わずか5枚。 朝に引き取った畳を、夕方のチェックインまでにお戻しする。 それは、静かな、けれど熱い時間との対話でもありました。


あたらしい風景に、想いをのせて。

仕上がった部屋に足を踏み入れると、中山さんのい草の香りがふわりと鼻をくすぐります。 ヘリがなくなったことで、視界がすっと広がり、まるでお部屋全体がひとつながりの呼吸をしているかのよう。

「あなたと共に想いを作ります」 私たちの理念は、こうした一歩ずつの手仕事の中にあります。

新しくなったこの畳の上で、今日も誰かの笑い声が弾み、新しい思い出が生まれていく。 その風景の一部になれたことが、私たち職人にとって何よりの喜びです。